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読了 池井戸潤「アキラとあきら」〜一気に読める705ページ〜

運命を描いた経済小説

 池井戸潤さんの最新刊「アキラとあきら」を読みました。

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 手にとって初めてわかったのですが,この作品,「最新刊であって新刊ではない」ようですね。
 もともとは,2006年〜2009年まで「問題小説」に掲載されていたものを,この度大幅に加筆・修正したもののようです。池井戸さんの作品が10年以上も出版されないということは通常考えられませんので,様々な大人の事情が作用していたことが予想されます。

 Amazonへの発注時に驚いたのは,文庫本にして「1000円+税」「720ページ」という大作であること(書評を除いた本文は705ページ)。読んでみると,期待通りの人情味あふれる経済小説となっていました。

 

池井戸節全開の「人情経済小説

 本作は,境遇の異なる二人の「アキラ」が同じ銀行の有望株として同期入社し,その後銀行をやめて同族企業の社長に就任する「彬」と,銀行に残って彬を支える稟議書を作成することになる「瑛」の「それぞれの運命」を描いたものとなっています。

 名家に生まれ,会社を守ることを運命づけられた「彬」。町工場の息子として生まれ,工場の倒産を含めて辛酸を嘗めて育った「瑛」。それぞれがそれぞれの運命を背負いながら「銀行員はどうあるべきか?」「会社を守るということはどうあるべきか?」という課題に向かって奔走します。

 しかし,二人に共通するのは,その裏側に「人」「家族」を守るというしっかりとした命題をもっているということです。その大義が読み手の心を熱くします。このあたりが池井戸節の真骨頂なんですよね。誰しもが読み終わったあとに満足感を感じます。大作でありながら,本当に一気に読めてしまう由縁がここにあります。

アキラとあきら (徳間文庫)

アキラとあきら (徳間文庫)

 

 

 満足の中の不満足…

 読了して正に「お腹いっぱい」「大満足」なのですが,その満足の中に不満足が2点あります。「池井戸作品ならでは」の不満足です。

①「水戸黄門的終末」が読めてしまう
 文中で「彬」の経営する「東海郵船」を中心に様々な問題が湧き上がるのですが,
「どんなに困っても,どうせ最後は丸く収まるんでしょ?」
とタカをくくって読んでいる自分がいるんですよね。また,事実そうなるわけです。
 最近の池井戸作品を見ても,「陸王」「下町ロケット2」「銀翼のイカロス」「ロスジュネの逆襲」「ルーズベルトゲーム」等,話の展開としてはどれも判で押したように同じです。

 本作「アキラとあきら」が連載開始された2006年は,「空飛ぶタイヤ」が発刊された年に当たりますから,正に池井戸さんが現在の「池井戸路線」に舵を切り出した時期とぴったり重なります。ですので,今現在の池井戸さんをどうこう…ということはできないのですが,やはりあまりに同じような展開では新鮮味に欠けます。
 そろそろ新しい「池井戸潤」と評される作品を模索する時期に来ているのではないでしょうか。私自身,「陸王」は,読みながら後半やや白けている自分を感じていましたので…

②「彬」と「瑛」が超エリートなのが面白くない(やっかみかな?)
 「境遇の異なる二人のアキラ」という設定は面白いと思うのですが,どうも納得いかないのが,「ふたりとも非常に優秀過ぎる」ということです。入行時の「融資戦略研修」でもその後の「語り草」となるほどのデビューを飾るなど,あまりに二人とも仕事に関してパーフェクトすぎるんですよね。この辺に,
「あ〜,10年以上前の作品だな。」
という現実を感じます。流石に現在の池井戸さんだったら,もう少し現実的な二人の描き方をしたのではないでしょうか?それとも単なる凡人のやっかみでしょうか(笑)

 

現状維持か,勇気ある改革か? それが問題だ!

 初期の池井戸作品は,いわゆる単純な「銀行もの」が多かったように感じます。銀行員の苦悩を描いたり,銀行内に暗躍する不正を正したり…
 しかし,それが「苦難に立ち向かう経営者や銀行員」の視点で描かれたり,「企業と銀行員とのタッグ」という形態で描かれるようになってから久しいのはご存知のとおりです。私はこの池井戸節を「人情経済小説として捉えています。
 また,水戸黄門の印籠的に「お決まり」なのは,その苦難として主人公の考えを妨げる「邪魔者」が存在し,その邪魔者を乗り越えることで主人公が成功をおさめるという展開。前述しましたとおり,最近ではこの点が鼻につき始めているわけで…

 明らかにその傾向が強まってきたのが「空飛ぶタイヤ」あたりからでしょうかね。小説そのものの評価も上がりましたし,同時にテレビドラマ化される頻度が急上昇し,「池井戸作品」が一気に注目されるようになって,池井戸さんが認知されるようになったことは非常に喜ばしいことだと思いますし,それだけ大衆に受ける作品を書ける作家さんは稀有な存在だと感じます。まさに「経済小説界の東野圭吾さん」として私は捉えています。しかし…

 あまりにも同じような傾向の作品が続くことは,私としてはよろしくないと考えます。東野圭吾さんにしても,最近は重厚な作品が書けずに迷走しているようだということは以前にも書きました。
 池井戸さんには,ぜひここらへんで,新しいタイプの経済小説を提案していただきたい。その上でこれまでの「池井戸節」を更に高めてもらいたい。偉大な作家さんだと認めるからこそ,強くお願いしたいと思います。